子どもも職員も自分らしく「仲間と一緒に自分を超える」保育を【折井誠司先生】

すてきな園長先生

今回お話を聞いた方

折井誠司(園長)
出身地:東京都
職歴:メーカー(10年)、認定こども園(28年)
園長先生歴:21年目
趣味:釣り
日課:ウォーキング、ストレッチ

子どもたちが挑戦しがいのある「開かれた行事」のあり方とは

保育の仕事にやりがいを感じるのは、どういうときですか?

ひとつは、保育の課題などをチームで乗り越えられたときですね。もうひとつは、言葉で表現するのは難しいのですが、保育に関して「こういうことだったんだな」と気づいたり、わかったりしたときにやりがいを感じます。
保育には正解がありません。もっと言えば、目標さえ持ちづらい。なぜなら子どもたちにとって園は生活の場だからです。それでも「これってどういうことなのだろう」と深掘りしていくと、自分なりに納得できる瞬間があります。そういうときはとても嬉しくなります。

最近、どんなことに気づかれたのでしょうか。

これまで私たちは、子どもの「主体性」や「自治」を大切にしたいと思って行動指針をつくって話し合ってきたんですが、最近になってはじめて「そうか、私たちは子どもの尊厳を守りたいと思ってやってきたんだ」という気づきがありました。うまく言葉にできて理解が深まり、嬉しかったですね。

それから、もう一つ、子どもたちと自分たちが「仲間と一緒に自分を超える」ことを目指していることに気がつきました。子どもでも大人でも、それぞれの個性や自己決定権はとても大切なもの。でも、独りよがりになったり、身勝手になってもいけません。社会で生きていくためには、周りと協働することも必要だからです。

たしかに一人で生きていくことはできませんから、協働していくことは大切ですね。

はい。そして人生でもっとも長い時間を一緒に過ごすのは、実は気の合う友だちや家族ではなく、園や学校のクラスメイト、職場や地域の仲間などではないでしょうか。だから、たまたま一緒になった人たちと共に何かに取り組んだときに、自分一人では到底なし得ないことができた、という経験が大事なのではないかと思うんです。

そうして社会の中で周囲と協働して言葉を交わし合いながら、何かを成し遂げていくことこそが民主主義の原点じゃないでしょうか。これまで園内で「民主主義」「民主的」という言葉を使って説明してきたのですが、それだとみんなあんまりピンとこなかったみたいで(笑)。「仲間と一緒に自分を超える」という言葉を見つけたところ、このほうが、みんなはしっくりくるようです。

言語化することで深く理解したり、周囲に伝えられたりすることってありますね。

そうなんです。私も他の職員も、普段からそれぞれに子どもや保育への熱い思いを持って現場にいます。でも、その思いにピッタリくる言葉に、まだ出会えていないこともあるんです。

今回とても嬉しかったのは、自分ひとりではなく、園の職員たちと共に言語化して「しっくりくるよね」と確認し合えたこと。「自分がわかっていればいい」という考え方もありますが、今があるのは誰でも周囲の人と協働しているおかげなので、とても大切なことだと思います。

そのほか、最近になって気づかれたことはありますか。

うちの園では月に1回、地域の人を招いて「フェスタ」というものをやっているんですね。そのときに子どもたちが自分たちの遊びやパフォーマンスを来園者たちに自然に披露していることに気づきました。しかも、とてもいい顔で。その姿を見たときに、園の行事ではもっと緊張していることが多いのに、どうしてだろうと疑問を感じたんですね。

それは不思議ですね。どこが違うんでしょうね。

園の行事というと、大抵はみんなが同じことをします。そして、もちろん子どもたちが主役ですから注目されますよね。でも、フェスタではみんなが好きなことをしていいし、何もしなくてもいい。子どもたちだけが主役というわけでもないので過度に注目されることもないし、期待を一身に背負うこともありません。こうした点が違うんだとわかったのです。

子どもたちは自分を見てもらいたい、共感してもらいたいのだけれど、別に主役になりたいわけではない。つまり、行事を行うなら、その規模を調整したり、子どもが必要以上に注目をあびないようにしたり、自分たちでやるかやらないかを決めたりできたらいいのではないか……それが新しい行事の形になっていくのではないかと感じました。在園児関係者だけの内向きな行事ではなく、地域と連携したり、そこへ参画したりと、園外へと開いていくことも、これからの園行事のあり方なのかなとも考えるようになりました。

光学メーカーのエンジニアから保育園の園長へと転身した理由

折井先生が保育の世界に入られたきっかけを教えてください。

勤務先の保育園で園長をしていた母と、会社員だった父が50代の頃に一念発起して社会福祉法人を立ち上げ、保育園をつくったのがきっかけです。「自分の園を持ちたい」という母の夢を、父が一緒に叶えたのだろうと思います。父が会社を退職したのには驚きました。当時、私は大学で物理を学んで卒業し、光学メーカーにエンジニアとして入社したばかり。のちに自分があとを継ぐことになるとは思いもしませんでした。

まったく違う分野のお仕事をされていたんですね!

はい。私は、光学メーカーでICチップ内に微細な回路を焼きつけるための「半導体露光装置」の研究開発をしていたんです。その仕事を10年続けた頃、両親から「そろそろリタイアを考えているのだけど、どう? 保育園を継がない?」と聞かれたんです。

ご両親にあとを継がないかと聞かれて、どう思われましたか?

まず、何より「おもしろそうだな」と思いました。それから「保育の世界に入ったら何が待っているんだろう」「どんな世界が広がっているんだろう」という好奇心が刺激されて、やってみようと決めました。両親は、私が継ぐことになってホッとしたんじゃないかな(笑)。

実際に保育園で働かれるようになってどうでしたか?

副園長として入職して最初の頃は、さまざまなクラスでお手伝いをしながら仕事を覚えたり、保育士資格を取得するための勉強をしたりしました。

そんなある日、給食の配膳の手伝いをしたんですね。すると20歳そこそこの担任の先生が、一生懸命に子どもの食事介助をしている姿を見て、なぜか思いがけず涙がこみ上げてきました。仕事ではありますが、子どもたちを全身全霊で受け止め支えようとしている姿に感動したからかもしれません。

一方、保育の現場はよくも悪くも単調な毎日で、特に当時は形が決められたカリキュラムを繰り返していることも多く、もっと職員一人ひとりが物事を決定してもいいのではないかとも思いました。

どうしてそう思われたのでしょうか。

主任や先輩の指示を待つというのは、裏返すと考えることを放棄し、「私は責任を持ちません」と言っているようなもの。本当は職員一人ひとりに保育のスキルがあり、いろいろな工夫をしていくだけの力はあるのにもったいないなと感じたのです。

その頃、たまたま若手の先生から「副園長先生はこの園をどうしていきたいんですか?」と聞かれたときに、「自分がいなくてもちゃんと保育が動いていく園にしたい」と答えて驚かれました(笑)。なんのための副園長なのかと疑問を持たれたかもしれません。その後、数年して園長になり、今では私がいなくても自分たちで考え、自分たちで動いていく園になってきていると思います。

それぞれが個性を発揮するには「ゆるさ」と「らしさ」が大切

保育において大切にされていることを教えてください。

「ゆるさ」と「らしさ」ですね。子どもも職員も、その人らしくいられることが何より大事だと思っています。そして、その人らしくあるためには、園の雰囲気が少しゆるくないといけません。「絶対にこうでないと」よりも「まあいいか」というくらいのほうが、それぞれが自分らしさを発揮できるんです。
そうそう、うちの園の職員の給与には「装い手当」という項目があるんですよ。

初めて聞く項目です。「装い手当」はどういうものなのでしょうか?

簡単にいえば、仕事時におしゃれをするための費用です。その人らしいデザインや色や素材の服、髪の色や髪型、つめの色なども選んでもらうための足しにしてほしいという思いで設けました。

それはどうしてでしょうか?

子どもってよく見ているんですよ。いつもと違う色の服を着ていると「いい色だね」「きれいだね」「似合ってるよ」なんて言ってくれます。見た目だけではありません。子どもは先生に抱きつきますが、そのときに必ず肌で生地の感覚も味わっているのです。

だから職員の装いは、子どもにとっては視覚、触覚、感性などを磨くための大切な環境です。どんな生地がいいのかどんな色がいいのか、職員には工夫してほしいと思っています。

素敵な試みですね。では、保育の大変な部分、難しい部分はどこだと思われますか?

保育はチームで行うものですが、考え方のすり合わせが簡単ではないという部分です。特に日本人は人と違う意見を言うことが苦手ですよね。内心では「違う」と思っていても、とりあえず黙ったりします。特に絶対的な基準というものがない保育の場合、誰かの意見を否定することは、その人の生い立ちや性格、価値観を否定しているかのように思われやすいので難しいのです。

そうした考え方のすり合わせを行うためには、何をしたらいいのでしょう。

職員全員がしっかり保育に関する学びを続けていくことです。自分の外側にある知見を自分の中に入れていかないと、自分自身を超えていけません。また自分のばく然とした感覚ではなく、普遍的で論理的な知識を持ち寄ることができれば、個々の価値観と切り離した議論ができるはずです。

医師でも弁護士でも介護士でも栄養士でも……あらゆる専門職は学び続ける必要がありますよね。私は「学び続けること」こそがいい保育者の条件だと思っています。

どういうふうに学び続けるのがいいのでしょうか。

保育に関する書籍や研究論文を読んだり、研修やシンポジウムに参加したり、いい取り組みをしている園を見学したり、保育仲間とディスカッションをしたり共にイベントを開催したりするなど、学び方はいろいろあります。そして、保育記録などを通して自分の保育実践を振り返り、改善点や反省点を見つけることも大切ではないでしょうか。手を動かしながら考えるといいと思います。

いろいろ学んでいっても、特定のメソッドを取り入れるわけではないので、一気に変わることはありません。少しずつ気づきを得て、みんなで少しずつでも確実に、変わっていけばいいのです。そして時代や社会の期待や要請も感じながら変わり続けていくことーー何かにたどり着くのではなく、「変わり続けること」こそがよい園の条件だと思います。

最後に、保育士を目指している人へのメッセージをお願いします。

ぜひ「思慮深い楽天家」になってください。保育理論を学んだり、実践を振り返ったりしながら、よく考えてほしいと思います。でも、悲観的だと身がすくんで何もできないし、思い悩みすぎればメンタルも不調に陥りますよね。だから思慮深さは大切だけれども、「いつかうまくいくさ」と楽観的でいることも大切だと思うのです。そうすれば、私もみなさんも「仲間と共に自分を超えていく」ことができるのではないでしょうか。

(取材・文:大西まお、撮影:中村隆一、編集:コドモン編集部)

折井先生が働いている園
施設名:幼保連携型認定こども園せいび
形態:認定こども園(115名)
設立:1989年
所在地:東京都八王子市南大沢5-12

※2025年2月14日時点の情報です

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