今回お話を聞いた方
高校生の頃から、料理人か保育士になりたいと思っていました。料理が好き、子どもが好きで、なんらかの形で社会に貢献したいと考えていたからです。
最初は料理人になろうと思い、高校の頃から飲食店でアルバイトをしていました。ただ、もっと視野を広げたいと考え、そのまま飲食店に就職するのではなく大学へと進み、自分の店を開いたときにも役立つだろう「マーケティング」や「消費者行動論」を学んだのです。
はい。高校時代からいくつかの飲食店で働いた経験があったので、社会人ではよりレベルが高く厳しい環境で修行がしたいと思い、老舗のイタリアンレストランに就職しました。ところが、長く続けていくことはできないと思うようになり、およそ3年で退職することに。このときは挫折感を味わいましたが、現在ではあのときの経験があるからこそ今の自分があると前向きに捉えています。
その後、社会貢献したいという気持ちから、高校の頃からのもうひとつの夢だった保育士を目指そうと考えるようになりました。
最初は新宿の保育園で働き、同時に通信教育で保育士資格のための勉強を始めました。無事に保育士資格を取得したあとは、横浜の保育園に正規職員として入職し、3年間ほど働きました。実際に保育に携わる中で、その楽しさと奥深さを感じましたね。
そんな中、海外の文化や英語を学んで視野を広げ、保育に活かしたいという思いを持つようになり、留学しようと決意しました。
最初はフィジーへ行って、英会話学校に3か月くらい通いました。フィジーに滞在して深く感じたのは「物資が多ければ豊かとは限らない」「お金があれば幸福とは限らない」ということでした。フィジーの人たちは必ずしも物資や金銭に恵まれているわけではありませんが、そこには幸せな暮らしがあり日常を楽しむための工夫があり、「幸せとは何か」を考えさせられました。
残り9か月は、ワーキングホリデーでオーストラリアへ。調理師の仕事をしながら、英語を身につけました。家を借りるにも、仕事をするにも、日々の生活を送るにも、絶対に英語を使いますから、おかげで上達しましたよ。
今の園では英語を使うこともありますから、もちろん留学経験を活かせていますが、それだけではありません。現在の職場に入職後、再びフィジーを訪れて、いろいろな人とふれ合いました。そのときに気づいたんです。
フィジーの子どもたちはオモチャがなくても、木の枝など自然の物を上手に使って楽しく遊びます。物がそろっていない不完全さが、おもしろい遊びを考え出したり、工夫したりする原動力につながっているのです。また不自由なことが多いぶん、周囲と協力し合う必要があり、子ども同士にも強いつながりがあります。
反対に今の日本では物がそろっていて便利だからこそ、自分で遊びを考える力が育ちにくいように思います。そこで自分が保育するときには、子どもに何もかもをお膳立てして与えたり、過保護に守ったりしすぎないようにしたいと思いました。
やっぱり、子どもたちの成長を感じたときですね。それまで好きじゃなかったことをやってみようとしたり、何かに夢中になって頑張っていたりする子どもの姿を見ると、保育士というのは素晴らしい仕事だと思います。
ある日、子どもたちが、空気清浄機の風で風船が浮かぶことを発見したんです。そこで、職員とともに「子どもたちがこの体験をもっと探究できるよう、何かできないかな?」と相談して、うちわやドライヤーを用意しました。すると子どもたちは、同じおもちゃでも風を起こす道具の種類によって倒れるものもあれば耐えられるものもあること、ローラーのついたおもちゃは風の力で動くことなどを発見していました。こうして少しずつ、何かを発見したり、考えたりして成長していくんです。
子どもの主体性を大切にする「レッジョエミリアアプローチ」、「見守る保育」を大切にしています。その根底には、子どもの「個性」や「人権」を深く理解して、守り抜きたいという思いがあります。人は生まれながらに身長も体重も違うように、感じ方や考え方、得意や不得意などにも個性があると思うんです。
それにもかかわらず、例えば給食ひとつとっても、全員同じメニューで同じ量を食べきるまで席を立たせないなどの対応をするケースも少なくありません。私は、好き嫌いをせず、完食する子どもだけが「いい子」というのは、不自然に感じるのです。「均一」=「平等」ではなく、それぞれの個性に対して「公平」に向き合うことで、本当の「平等」が実現できると考えています。
「子どもの人権」というと一瞬、難しいことに感じてしまうかもしれません。もしそうだとしたら、自分たちが子どもの頃に「先生にされてうれしかったこと・嫌だったこと」を挙げてみてください。急に身近なものに思えてこないでしょうか。
小さな頃に「自分の個性」に寄り添ってもらえなかった記憶は、嫌だったこととして残るかもしれません。ですから、職員にもよく「子どもたちの個性を大事にしよう」という話をしています。
「正解がないところ」と「数値化できないところ」です。例えば、ひとりの先生が20〜30人の子どもをみなくてはならない保育環境では、先生の管理能力がもっとも評価されますよね。一方、私たちの園では丁寧な保育や個性を大事にする姿勢が何より評価されます。ということは園の体制や方針によって、正解が不正解になったり、不正解が正解になったりするということです。
どんな園にいても、さまざまな経験を積んで柔軟に視点を増やしていけるといいのですが、経験を積むことで自身の考えが固定化されて硬直してしまうこともあるので注意が必要だなと思います。いろんな保育観があって、正解はないというスタンスでいることが重要です。
園からお声がけいただいたとき、もっと現場で保育をしたいという思いもありました。でも、本当の意味で他者に寄り添うためには、新しいことに挑戦して視野を広げる必要があるとも感じていたので、お引き受けすることにしたのです。
例えば、一職員として保育をしていると園長の指示で仕事の負担がかかってきたときに不満を感じることがあります。でも、園長になってみると、保育の質の向上のためだったり、子どもの安全のためだったりと、現場に負担をかけなくてはならない理由があることに気づきます。こうして視点が増えると、視野が広がると思うんです。
子どもに対しても同じですが、職員に対しても画一的な関わりをしないように心がけています。これは料理をしていたときに学んだことでもあるんです。
例えば、鱈(たら)という魚はとても美味しいですが、身がやわらかくて鮮度が落ちやすいんですね。だからイタリアでは干し鱈にして料理に入れたり、日本では鍋などに使われます。鱈には鱈の特性があるから、調理法に向き不向きがある。つまり、プロの料理人は素材から調理法を選びます。保育も同じではないでしょうか。
どれだけ素晴らしい保育理論を勉強していても、子ども一人ひとりを理解しようとしないと、よい関わりが持てません。なんとなく「いい保育風」にはなるかもしれませんが、本質的なところからは離れてしまいます。スタッフとの関わりも同様です。まず、相手を理解すること、話を聞くことをしないと、何も前に進まないんですね。
子どものことでいうと、屋内遊びが好きな子に無理に組体操をさせたり、体を動かすことが好きな子どもに早期学習を敷いたりすれば、失われるものがあると思っています。職員に対しても、まんべんなく、みんなに同じことを伝えるより、得意不得意や成長点によって響く言葉が変わってくることを意識しています。
「同じ人間なのだから、同じ関わり方をすれば成長を促せる」というのは違うと思っています。どんなに素晴らしい保育論やマネジメント論などの理論があっても、相手にフィットしていなければ意味がありません。どうしたらモチベーションが上がるのか、どう伝えるとわかりやすいか、一人ひとりをよくみて、持ち味を最大限に引き出したいと思っています。
ひとつは、もっとオープンな保育園を目指すこと。親の問題、保育園の問題とわけるのではなく、「みんなで子どもの育ちを支える」という考え方をより強くしていきたいと思っています。例えば保護者の方に保育参加をしていただくと、保護者も職員もより話しやすくなるだけでなく、視野が広がって学びがあるのではないでしょうか。
もうひとつは、地域全体の子育て支援をしていくことです。子育ては楽しいけれど大変な面もあります。その大変な部分を保護者が一人で抱え込まなくていいように支援をしていきたいと思っています。親が子育てを楽しむことができれば、子どもたちも幸せになります。そんな親子が増えたら、私も職員もより幸せになれるはずです。
保育士は「なんとなく子どもと遊んでいる」というイメージがあるかもしれませんが、視野を広げてみると、もっとずっと意義のある職業だと実感できます。
まず、子どもにとって乳幼児期は人生の基礎をつくる貴重なとき。この時期にしか発揮されない想像力、表現力、思考力を伸ばす手助けができるというのは、とても素晴らしいことだと思います。さらに保育士は、社会を支えているさまざまな職業の人たちが安心して働けるよう、大切なお子さんを預かるという社会貢献性の高い仕事でもあります。保育に興味がある方は、ぜひこの世界に飛び込んできてください。
(取材・文:大西まお、撮影:池田博美、編集:コドモン編集部)
蛯原先生が働いている園
施設名:ミントリーフ・インターナショナル・プリスクールつくば園
形態:企業主導型保育園(30名)
設立:2021年
所在地:茨城県つくば市筑穂1-13-9
※2025年1月17日時点の情報です
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