「今が幸せだ」と、子どもたちに思ってほしい【山﨑竜二先生】

すてきな園長先生

今回お話を聞いた方

山﨑竜二(園長)
出身地:千葉県千葉市
保育園勤務歴:19年
園長先生歴:5年
趣味:『週刊少年ジャンプ』を読むこと、保育園の園庭整備、鶏のお世話

幼い頃、保育園は「ちょっと苦手な場所」だった

山﨑先生は、お父さまのあとを継いで園長になったそうですね。

はい。私の実家は代々保育園を経営していて、私は4代目の園長です。生まれたときから保育園は身近な存在でした。

私自身も小学校に入学するまでは、実家の保育園に通っていました。当時の時代的な背景もあって、ルールやマナーがとても厳しかったのを覚えています。一番鮮明に残っている記憶は、「落ち着きがないから」という理由で1時間ほど正座させられたことです。そんな経験もあって、幼い頃の私にとって保育園は「ちょっと苦手な場所」でした。

それに、自宅と保育園が同じ敷地内にあることも、子ども心には色々と複雑でしたね。小学校にあがってもおねしょが続いていた私は、汚れた布団を干しているところを園児に見られるのが本当に恥ずかしかったです。

そんな複雑な思いを抱えながら、どのようにあとを継ぐ決心をされたのでしょうか。

実はもともとは私の兄が保育園を継ぐ予定でした。でも、私が大学生の頃に事故で亡くなってしまって……。同じ時期、私は保育園に併設された学童でアルバイトをしていました。ちょうど、「子どもたちの成長を見守る仕事って、こんなに楽しいんだ」と感じ始めた頃で、このときからあとを継ぐことを考え始めました。その一方で、夜な夜な両親が保育について真剣に話し合う姿を見て育ってきたため、「保育って責任が重く、難しい仕事なんだな」とも感じていました。

継ぎたい気持ちはあるけれど、生半可な気持ちでは保育に携われない。そう考えて、大学卒業後は、自分の気持ちを確かめるためにも、まずは保育以外の仕事で社会に関わってみよう、と思ったんです。2年間フリーターをしながらパソコンを勉強し、その後1年ほどは広告代理店で働きました。

特に、広告代理店でさまざまな大人たちと関わった経験は、保育現場で働く覚悟につながりましたね。勤めた期間は短いですが、若い人たちの可能性を信じてくれる会社だったから、のびのびといろんなことに挑戦させてもらえて。「未来の若者を育てる保育の仕事も、やりがいがあっておもしろいんだろうな」と思えるようになり、実家の保育園に就職する覚悟が決まりました。

先輩や他園の園長との交流から、たくさんのことを学んだ

広告代理店を経て、いよいよ保育園に入職されます。子どもの頃は「苦手」と感じていた保育の現場ですが、実際に働くようになってからはどう感じましたか?

まず、私が子どもの頃とは、保育の考え方が大きく変わっていました。時代の流れとともに、厳しくしつけるよりも、子どもの主体性を大事にするようになっていて。何かトラブルが起きたときも、まずは子どもの言い分を聞いて、寄り添う保育に変わってたんです。その様子を見て、いい意味で「私が知っている保育現場と違う!」と衝撃を受けましたね。

同時に、入職した当初はものすごく緊張していました。園長の息子が職員として入ったら、気を遣う職員もいるかもしれないな、と思って。保育に対して考えていることややってみたいことはあるけれど、いいバランスで成り立っている今の園の雰囲気を、私のせいで壊したくない。そう思って自分の意見を言わないでいたら、どんどん孤立してしまったんです。しばらくは、職員とのコミュニケーションでかなり悩みましたね。

職員の方々とのコミュニケーションは、どのように改善されていったのでしょうか?

私が普段考えていることを、自然な形でわかってもらうために、ブログを始めることにしたんです。

私の思いを知ってもらうために、ブログを読んでもらいたい。でも、ただ保育や園のことを書くだけでは、日々忙しい職員や保護者はきっと読んでくれない、と思いました。だから、思わず読みたくなるような「クスッ」と笑える内容を中心に、園生活だけでなく、私自身に起こった出来事を書くようにしたんです。

これまでで、一番反響があったエピソードを教えてください。

保育はまったく関係ないのですが、私が銀行で順番待ちをしていたときのエピソードですかね。あるとき銀行に、おばあちゃんが、大きな発泡スチロールの箱を持って現れたんですよ。何が入っているんだろう、と気になって見ていたら、彼女が目の前で転んで、箱の中身を床にぶちまけてしまったんです。

中身はなんだったのでしょうか……?

大量の魚が入っていました。銀行の床が魚だらけで(笑)。それを拾う手伝いをした話をブログに書いたんですよ。そうしたら、今まで話す機会が少なかった職員や保護者から、「あの話、おもしろかった」と声をかけてもらえるようになったんです。それをきっかけに職員や保護者と自然に話せるようになってきて、嬉しかったですね。

ブログにはその他にも、子育てに対する持論も書くようにしていました。子育てに関しては、いろんな考え方があると思います。例えば「お昼寝はさせた方がいいのかどうか」など、賛否両論あるテーマも多いですよね。私はあえて、そんなテーマを選んで、自分なりの考えを書いてみたんです。そうしたら読者がどんどん増えていって、職員や保護者とのコミュニケーションもスムーズになっていきました。

「誰が見てもクスッと笑えるようなブログを書く」という切り口がおもしろいです。そういった視点は、保育園以外の仕事を経験する中で得たものなのでしょうか。

たしかに、広告代理店での経験は大きかったですね。でもそれ以上に、先輩や他園の園長先生方との交流から学んだことがたくさんありました。保育園運営に関わり始めた頃は、右も左もわからない状態だったので、保育関係の方が集まるコミュニティに入ることにしたんです。そこで学んだことが、保育の現場でものすごく役立っていますね。

私にとって、保育園は自宅のような場所

山﨑先生は、5年前に先代のあとを継いで、4代目園長として活躍されています。園長就任の経緯について教えていただけますか?

直接のきっかけは、前園長の退任でした。ただ、ちょうどその頃から「園長になれば、子どもたちや地域のためにできることが増える」と考え始めていたので、いいタイミングでチャンスが巡ってきましたね。

園長としてどんなことを実現したいと考えていたのでしょうか。

ひとつは、日常の保育の質をよりよくすることです。その実現のために、園の環境づくりに取り組んでいます。

もうひとつは職員の処遇改善です。保育は、とても責任のある仕事です。だからといって、プライベートを犠牲にはしてほしくない。改善方法はまだまだ模索中ではありますが、現時点ではプライベートで何かあったときに備えてもらえるよう、職員が利用できる医療保険やがん保険に加入しています。

ひとつ目であげられていた、園の環境づくりについてもう少し教えていただけますか。

例えば今は、子どもたちがより生き生きと遊べるように園庭づくりに力を入れています。職員とも話し合って、落ち葉を積み上げた山や、お店屋さんごっこができる木のテーブルを置いたら、子どもたちの遊びの幅がものすごく広がったんですよ。

「花壇の花や草木に関心を持って摘もうとした子どもたちに、『摘んではいけないよ』と注意するのが心苦しい」という職員の話から、あえて園庭に雑草を植えたことも。最近は、私の趣味も園庭整備になっているんですよ(笑)。

趣味といえるほど山﨑先生も楽しまれているんですね。

私にとって、保育園は自宅と同じなんです。自分の家は、楽しくて居心地がいい場所にしたいじゃないですか。一緒に生活する人みんながリラックスして、言いたいことが言えて、子どもたちが楽しそうに過ごしている。そんな理想の場所をつくりたいと思っているんです。

山﨑先生が、園に関わるすべての人を大切に思っていることが伝わってきます。最後に、保育士を目指す方にメッセージをいただけますか。

「保育士は、未来を担う子どもたちを育てる素晴らしい仕事だ」と聞いたことがある人は多いかもしれません。もちろんそれもすごく大事なことです。でも私は、未来のためだけじゃなくて、今、目の前にいる子どもたちが楽しめる環境を大事にしたい、と思っています。「今が幸せだ」と子どもたちに思ってもらえる場所をつくること、それが私の願いです。

子どもたちと秘密基地をつくったり、遊んだり。そういうワクワクする気持ちを大切にできる方なら、きっと保育士として活躍できるはず。ぜひ、保育の世界に飛び込んできてください!

(取材・文:仲奈々、撮影:中村隆一、編集:コドモン編集部)

山﨑先生が働いている園
施設名:若竹保育園
形態:認可保育園(150名)
設立:1972年
所在地:千葉県千葉市若葉区若松町336

※2024年12月26日時点の情報です

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