子ども一人ひとりを大切にし、「言葉」は丁寧に手渡す【宇野直樹先生】

すてきな園長先生

今回お話を聞いた方

宇野直樹(園長)
出身地:静岡県熱海市
職歴:メーカー(営業)、保育園
園長先生歴:16年目
趣味:野球、ゴルフ

結婚して第一子が生まれてから、30歳で保育士養成学校へ入学

保育の道に進もうと思ったきっかけを教えてください。

大学時代にイベント運営のバイトをしていて、子ども向けの催しにも携わることがあったんですね。それがきっかけで、子どもと関わるのってすごくおもしろいなあと思いました。あまり自覚していなかったのですが、もともと子どもが好きだったんだと思います。

卒業後はメーカーに入社したのですが、27歳で結婚してすぐに長男が生まれ、やっぱり子どもってかわいいと改めて思いました。ちょうど同じ頃、テレビで男性保育士の特集を見て「こんなすてきな仕事があるんだ」と思ったんです。

メーカーでの営業職は楽しかったし、何の不満もありませんでした。でも、30歳という区切りを迎えたときに「この仕事を一生やるのか?」と考え、自分にはもっと別の可能性があるんじゃないか、本当は子どもに関わる仕事にチャレンジしたいと思ったんです。

保育士の資格はどのように取得されたのでしょうか?

国家資格を取るのに自己流で勉強するとかえって時間がかかると思い、思いきって会社を退職し、保育士養成学校(以下、養成校)に通うことにしました。

でも、周囲からはかなり反対されたんです。もう結婚して子どもも生まれていましたから。最初、妻がもっとも反対しましたが、私の想いを粘り強く伝え続けると、妻は「あなたは、やりたいと言ったら絶対やるでしょう」と言い、最後はただ一人だけ背中を押してくれました。幸い彼女も仕事をしていたので、養成校に通うのも応援してくれて、今振り返っても非常にありがたかったですね。

養成校に通われているときに、今の園に出会われたそうですね。

養成校の先生に、今勤めている園の理事長である樋口正春の書籍『保育と環境 理論と実践』をすすめられて読んだのが始まりでした。当時、私がやりたいと思っていた保育は、大人が枠組みや設定を決めて、子どもを遊ばせる大人主導の保育でした。ところが、この本には、子ども主導で、一人ひとりの子どもが主役になれる保育をするべきだと書かれていました。

例えば「言葉は投げるのではなく手渡す」。子どもたち全員に向かって大声で指示するのではなく、それぞれの近くにいって普通の声量で、言葉を手渡す感覚で丁寧に伝えると子どももきちんとわかってくれて、今度は言葉を手渡しで返してくれるようになるというのです。これはすごいことだと心惹かれると同時に、本当にそんな保育ができるのか、理想論じゃないのかと思いました。

それで、今の園を志望されたんですね。

はい。これは実際に行ってみるしかないと思って園見学の予約をしました。ところが、そのときは見学こそ少しできましたが、門前払いだったんです。当時は男性保育士が少なく、園でも採用実績がなかったということもあると思います。

ただその後、紆余曲折あり、今の園で保育実習を受けることに。実習に行ったところ、樋口が「今日の実習で見所があるなと思った。うちに就職したいなら考えるよ」と言ってくれたんです。その日、私は当時の園長に頼まれて棚を作っていた時間がほとんどだったのですが……(笑)。あこがれの園からの思いがけないオファーだったのですごく嬉しかったです。

保育の様子を撮影して見直し。たくさんの指摘が今に活きている

実際に入職して「子ども中心の保育」をされてみていかがでしたか?

まず、2歳児クラスの担任になったんです。今の主任保育士がリーダーで、1年目の私、3年目の同僚の3人体制でした。もうとにかく毎日が楽しくて。「保育ってこんなに楽しいんだ」と思いました。ただ、月1回、保育の様子を動画に撮って、それを観て振り返りをする園内研修があったのですが、その指摘が非常に厳しくて(笑)。

例えば、朝の登園時に私が大声で「おはようございます〜!」と挨拶するシーンがありました。そうしたら、樋口に「これでは居酒屋保育だ」って言われたんです。親御さんと子どもへの「おはようございます」が「いらっしゃいませ」にしか聞こえないと。

でも、よく「挨拶は大きな声で元気よく」って言われますよね(笑)。

前職ではそう教えられてきました。でも、動画をよく観ると、私が大声で「おはようございます!」と言った瞬間に、それまで一生懸命に遊んでいた子どもたちがビクッとして、次に私が誰に向けて言葉を発したのかと視線を出入口へ向け、遊びをやめて「〇〇ちゃんだ!」と足を運ぶ様子が映っていました。樋口には「子どもを驚かせて、せっかく熱中していた遊びを中断させてはいけない」と言われて納得しました。

確かに動画を観ないと、なかなか気づけないことだと思います。

そうなんです。動画だからこそよくわかるんですね。他にも「一人ひとりを大事にする」と言いながら、できていないことも指摘されました。

ある日、一人の子がお人形を持ってきて「おんぶさせて」と言ったんです。私は「いいよ」とおんぶ紐で背負わせてあげて、「できたよ〜! 遊んでおいで〜!」とそのまま送り出しました。そこでまた動画が一時停止(笑)。

子どもの気持ちを大切にするなら、最後に向き直って顔をきちんと見て「似合ってるね」などと声かけをしてあげたほうがいいと指摘されました。そのままポンと送り出すのか、向き直って認めてあげるのかでまったく違うと教えられたんです。

一人ひとりに丁寧な関わりをするということがよくわかるお話ですね。

一方で、2歳児は「自分で、自分で」と言ってなんでも自分でしたがるようになり、実際に自分でできることが増えていく年齢です。靴ははけるし、帽子をかぶることができるし、外へ行くこともできる。そうして準備をして外遊びに行くときに、私が「行こう、行こう」と手で促しながら言ったところで、また動画がストップ(笑)。

「この手は何ですか?」と樋口。「え? 手ですけど」と私。

子どもがきちんと支度をして自分で行こうとしているのに、「さあ早く早く」と手で促す必要はないと指摘されました。「自分で行けるんだ」という気持ちを尊重するために、そこは急かしたりさわったりしてはいけない。これも納得です。

しっかり関わるべき部分、反対に介入してはいけない部分があるんですね。

そうですね。こういうことを毎月繰り返していました。あのときは指摘されるたびに心底悔しかったです。だけど自分の実力のなさもよくわかりましたし、どれもこれも納得できた。そうして終わったら必ず「飲みにいこう」と誘ってもらって、また保育の話をするという。すごくいい時間で、たくさん学ばせてもらいました。

その翌年は1歳児クラスを担当したんですが、そのときのクラスリーダーが、とても素敵な先生でした。その先生は、非常にやさしくて丁寧な保育をされる方で、保育者としての私の憧れです。言葉では何も教えてくれないのですが、子どもと関わるときに「思い」が沸々と感じられる。だから、よく見て学びました。この最初の2年間の経験が特に今に活きていると感じます。

保育の世界はまだ男性が少ない。男性保育士も、もっと活躍してほしい

その後、5年目に園長先生になられた経緯を教えてください。

私は今の園に入ったときに、すでに32歳でした。樋口からは「うちでは、はじめての男性保育士だし、年齢的にもチャレンジではあるけれども、小さくまとまらないでね。園長になるんだという気概を持ちなさい」と言われて入職したんです。

1年目に2歳、2年目に1歳、3年目に3・4・5歳の異年齢保育を担当したあと、4年目に副園長、5年目に園長になるように言われました。とてもありがたかったものの、私としてはもっと現場で保育をしたいと伝えたのですが、他園の園長先生方にも背中を押してもらい、園長になっても現場での保育も続けるつもりで引き受けました。

宇野先生が、保育においてもっとも大事にされていることはなんでしょうか?

保育に関する「なぜ」を大事にしています。どういうことかというと、例えば、うちの園には常にジャージでエプロンの先生はいないんです。私たちは、家や家族から離れて保育園で集団生活を送っている子どもたちの第二の家庭、家族でありたいと思っています。家庭って何かといえば、絶対的な安心感だと思うんです。

お父さんやお母さんがいる安心感、家があるという安心感ということを考えると、ジャージである必要はありません。ジャージは運動着であり作業着ですが、保育は運動でも作業でもない。だから家庭と同じようにスカートだったりパンツだったり、服装はさまざまでいい。エプロンはしますが、四六時中つけることはありません。食事の介助など必要なときだけでいいのです。このように常に「なぜ」を考えて保育をするようにしています。

現在も園内研修は行われているのでしょうか?

月1回、職員主導の勉強会をやっています。テーマは絵本や積み木などさまざまで、職員が実際に基本パーツやジョイントパーツのあるブロックの「LaQ(ラキュー)」、円形のジョイントブロックの「ロンディ」などを使って、スキルアップしたりすることもあります。

また2か月に一度、5年目までの職員を対象とした「5年目以下研修」をしています。こちらは、樋口がしていたように動画を撮って保育の見直しをしたり、保育について共通理解を持つための研修になっています。

宇野先生が園長として心がけていることはなんでしょうか。

ここまでのインタビューでも伝わったかもしれませんが、私は割とまっすぐはっきりと物を言いがちで、特に保育の話になるとつい熱を帯びてしまうんです(笑)。ですから、話すときには冷静に、きつくならないよう心がけています。

それから各クラス担任に何かアドバイスをするときは、外側から見ただけでは言わないようにしています。もしも何か気になることがあれば、そのクラスに入って保育するんです。部屋に入って一緒に保育してみると、何も問題ないことも多々あります。一方、中に入ってみて改善点が見つかれば、アドバイスするようにしています。

今後の目標を教えてください。

保育の世界には、まだまだ男性が少ないです。私はもっと男性保育士にも活躍してほしいと思っています。0歳児クラスや1歳児クラスには男性を入れないところもあるようですが、今やお父さんがオムツを替えるのも当たり前の時代ですから、そういった空気も変えていけたらと思っています。うちの園でも今年は男性保育士を2名採用したのですが、すごく楽しそうに働いてくれていて嬉しく思っています。

また、私や樋口が中心となって仲間の男性保育士たちと開催している「男性保育士研修会」では、男性である強みを活かした木工や力仕事の研修を行うこともあります。子どもからはもちろん、同僚からも、ご家庭からも、男性保育士もいいなと思ってもらえるようにしたいですね。

最後に、保育士を目指している人へメッセージをお願いできますでしょうか。

保育はとてもいい仕事です。子どもたちと共に遊び、その育ちを見守れるのだから絶対的に楽しいんですよね。もちろん、待遇面にはまだ問題がありますが、改善されつつあります。

養成校に呼ばれてお話をさせていただくときに必ず言うのは、「保育士は専門職です。つまり、みなさんは保育のプロを目指そうと、きちんと目標や進路を決めて入学されたはずです。まずそこが素晴らしいと思います」ということ。保育の未来を明るくするために私たちも頑張りますから、ぜひ目標を持った人にこの世界に入ってきてほしいと思います。

(文:大西まお、撮影:中村隆一、編集:コドモン編集部)

宇野先生が働いている園
施設名:まどか保育園
形態:認可保育園(90名)
設立:1977年
所在地:千葉県千葉市美浜区高洲1-15-2

※2024年12月3日時点の情報です

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